「戦国時代の騎馬合戦は絵空事」説に異議!武士らしく馬上で武勲を立て「槍大膳」と称された武将【下】 (1/4ページ)
前回のあらすじ
近年、戦国時代の武士たちは「馬から下りて戦う」のが当たり前で、「騎馬合戦は絵空事だった」などとする言説が散見されますが、決してそんなことはありません(少なくとも、武士たちはそれをよしとはしていません)。
左手で手綱を操り、右手に槍を奮ってこそ大将のあるべき姿……安房国の戦国武将・正木弥九郎時茂(まさき やくろうときしげ)は幼少の頃からそう主張して鍛錬を重ね、数々の武勲を上げて「槍大膳(やりだいぜん)」の異名をとったのでした。
前回の記事
「戦国時代の騎馬合戦は絵空事」説に異議!武士らしく馬上で武勲を立て「槍大膳」と称された武将【上】 「槍大膳」の嫡男・正木信茂の武勇伝……さて、そんな弥九郎の気風はその嫡男である正木大太郎信茂(だいたろうのぶしげ。天文九1540年生まれ)にも受け継がれ、永禄四1561年に父が亡くなると、若くして家督と「大膳亮」の官途を継承。数々の戦に武功を立て、父に劣らぬ「槍大膳」ぶりを発揮しました。
そんな「槍大膳」の最期は永禄七1564年1月、後世に言う「国府台合戦(第二次)」。房総半島に侵攻してきた関東の雄・北条氏康(ほうじょう うじやす)の軍勢と激突します。
