除夜の鐘と共に去りぬ 日本の司法をあざ笑うゴーンの逆襲 (2/3ページ)
保釈時も変装していたが、その逃亡方法もスパイ映画なみだった。
「ゴーン被告は、12月29日の昼頃に1人で外出したことが制限住居の防犯カメラで確認されている。ここから関西国際空港に移動し、トルコの民間航空会社からチャーターしたプライベートジェットでトルコに飛び、フランスから2冊発行されているうちの1冊のパスポートを提示して、航空機を乗り継いでレバノンに入国した可能性が高い」(捜査関係者)
ブラジル、レバノン、フランスの3カ国のパスポートを有するゴーン被告は、海外逃亡を防ぐためにすべてのパスポートを弁護団が厳重に管理していたが、日本の司法当局はゴーン被告がフランスのパスポートを2冊所持していることまでは把握していなかったようだ。
海外取材の多い国際ジャーナリストが言う。
「たとえば、われわれがA国に頻繁に出入りしていると、敵対するB国から入国を拒否されるといったリスクが生じます。そのため、フランスは一部のジャーナリストや企業トップなどには2冊のパスポートを発行することがあるそうです」
周到に準備された逃亡劇は、パスポートのからくりだけではなかった。
「出国の際、ゴーン被告は楽器箱のような大型ケースに隠れていたようだ。これには、レバノンなどの外交官が協力していた可能性が高い。外交官であれば、荷物の中に機密書類を入れていることがあるので、入管は中身を調べられない。この特権を使って、ゴーン被告を機内に“持ち込んだ”のではないか」(前出・捜査関係者)
レバノンはゴーン一族の出身国で、ブラジル生まれのゴーン被告も幼少期を同国ですごした。現在も首都・ベイルートに専属コック付きの3階建て邸宅を構え、逃亡後はここに潜伏しているものとみられている。
「日本は国際刑事警察機構(ICPO)を通じてレバノンに送還を求めましたが、同国の法相は早々に拒否する姿勢を示しています」(前出・司法記者)
そもそもレバノンは、これまでにも日本人犯罪者を匿った過去がある。1972年にテルアビブ空港乱射事件で26人を殺害した元日本赤軍の岡本公三容疑者(72)だ。同容疑者はイスラエルで終身刑の判決を受けたが、捕虜交換によって釈放され、レバノンに移住。