三国志ファンなら絶対見たい!幻の歌舞伎十八番の一つ「関羽」とはいったいどんな物語なのか? (5/6ページ)
まぁ忠義一徹・公明正大で知られた畠山重忠なら、もし範頼の企みを知っていれば間違いなく止めたでしょうが、重忠ならわざわざ関羽のコスプレなんかしなくても、むしろ「畠山重忠」の方が当時の御家人たちにとっては大きなネームバリューだった筈です。
※もっとも、それは景清についても同様で、敵の錣(しころ。兜の部品)を引きちぎるほどの勇猛さから悪七兵衛(あくしちびょうゑ)の異名をとったほどの豪傑でした。
終わりにそんな設定の“荒唐無稽“感もあってか「どうだ!三国志だ!関羽と張飛の揃い踏みだぞ!」というノリと勢いだけではあまり人気も出なかったと見えて、興行成績は振るわず、いつしか忘れ去られていったようです。
しかし、せっかく市川團十郎が始めた「関羽」をそのまま風化させてなるものか、と大正時代に市川左團次(いちかわ さだんじ。二代目)が、そして昭和六十1985年に尾上松緑(おのえ しょうろく。二代目)が復活上演を果たしています。