歴代総理の胆力「佐藤栄作」(3)絶妙極まる「佐藤流人事」 (1/2ページ)

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歴代総理の胆力「佐藤栄作」(3)絶妙極まる「佐藤流人事」

「黙々栄作」の異名どおり、口数少なく、重心を低くしての長期政権7年8カ月で悲願の「沖縄返還」を実現させた佐藤栄作のリーダーシップを支えたのは、絶妙極まる「佐藤流人事」であった。

 その人事の基本原理は、「チェック・アンド・バランス」というべきものである。

 時に、佐藤体制は、閥務に優れた田中角栄、経済の福田赳夫、権謀術策に長けた軍師・保利茂、忠臣の橋本登美三郎、政策マンとして鳴った愛知揆一の五人によって支えられていた。中で、柱をなしたのは田中、福田、保利の三人であった。佐藤はこの“三本柱”を常に「競争」「牽制」「均衡」の中に置き、誰の突出も許さずで、これを巧みに操ったということだった。

 例えば、佐藤派の台所(派閥資金)を支え、「日の出の幹事長」とも言われた田中角栄であっても、共和製糖事件などで政府・自民党が大揺れとなると、スパッと田中を交代させた。田中が幹事長ポストで益々、力を付けることは、自分の政権そのものがおびやかされるという背景があった。“出るクギ”は、事前に抑え込んでしまうのである。

 また、「ポスト佐藤」はその田中と福田赳夫との争いとの見方が出ていたが、どちらかに与することはもとよりなく、交互に幹事長にすえ、はずれたほうを閣僚に起用してバランスをとる一方、閣外に置いて相手を牽制させるという手法である。

 さらに、「ポスト佐藤」に野心のない保利の処遇では、いよいよ田中、福田の争いに拍車がかかってきた佐藤政権末期になって幹事長に起用、田中、福田の“緩衝地帯”として機能させ、結局、誰も突出する余地を与えなかったということだった。なんとも、巧緻極まる人事であった。

 こうして戦後処理としての「沖縄返還」の実現に辿り着いた佐藤であったが、他の政策評価はというと、大きな実績をあげたとは言えなかった。

 米国と中国の日本の頭越し接近のいわゆる「ニクソン・ショック」後の事態に対応できず、これは通貨の過剰流動性(余剰資金)をもたらす結果を招き、さらには公害対策、土地政策でも後れをとっている。ここでは、佐藤のもう一つの代名詞でもあった「待ちの政治」が、高度経済成長による時代の急速な変化に対応できなかったとも言えたのだった。

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