真偽検証が間違っていることも。フェイクニュースへの警告は真実を報じるニュースの信頼性を貶めている(米研究) (2/5ページ)
すると、他に真実の情報があっても、全て誤っていると偏見を持たれてしまう。フェイク警告が印象操作に使用されてしまうのだ。
フェイク警告を出す側が必ずしも正義の味方とは限らない。真実を伝えるという目的だったはずなのに、いつのまにか、悪者を生み出すことに躍起になっていることもある。任を責め立てる恐ろしい顔をした天使こそが、悪魔の原型だったように。

Colin Behrens from Pixabay
・フェイク警告の弊害
さらには、こうしたフェイク警告の存在がフェイクニュースに信憑性を与えることすらある。
人々が記事の信頼性の高さを保証する文言やフェイクニュースであるという警告に慣れてしまったとする。
すると、たまたま真偽の検証がなされてらず、そうした警告がないフェイクニュースを見た人は、警告がないのだから正しいのだろうと思ってしまうのだ。
特にSNSでは顕著で、自分では何も調べず、本文すら読むことすらなく、短い見出しだけでリツイートやいいねを飛ばしまくる。その何気ない行為が、正しい情報伝達を妨げている危険性を秘めている。
フェイクニュースの内容を検証し、それを発表することは、確かに必要なことである。だがその反面、警告自体が人々のニュースの受け止め方に影響していることを考慮しなければならない。
使い方を誤るとかえって悪影響を及ぼすリスクもあるのである。ゆえにフェイク警告が人に与える影響もきちんと研究しなければならない。