山吹の花から和歌に目覚めた戦国武将・太田道灌のエピソード (2/4ページ)

Japaaan

(……これで雨をしのげという事か?いや、それなら他にこれよりマシな枝葉がいくらでもあろうに……)

よく判らないまま山吹の枝を受け取った道灌は、結局ずぶ濡れになって帰ったのでした。

山吹は「実のない=蓑(みの)ない」花

「……という事があってじゃなぁ」

後日、蓑を求めたところ娘に山吹の枝を差し出され、訳が分からなかったことを家臣たちに話したところ、娘の意図を察した一人が解説を始めました。

「若……古に斯様(かよう)な歌がございましてな……」

七重八重(ななへ やへ) 花は咲けども 山吹の
実のひとつだに なきぞ悲しき

※平安時代『後拾遺和歌集』より、兼明親王(かねあきらしんのう)作。

山吹の花。

「要するに、山吹は七重にも八重にも咲く美しい花ですが、実は一つも生(な)らない。花に『実の』一つもない事を、雨具の『蓑』一つもない事にかけて、つまり『お貸しできる蓑の用意がなくて、お恥ずかしい』と言いたかったのでしょう」

……回りくど過ぎると思ってしまうのは、筆者だけではない筈です。しかし、とかく大らかな時代ゆえか、道灌はこれを奥ゆかしき風雅の振る舞いと解釈。むしろ自分が歌道に暗い(和歌の教養がない)ことを恥じて勉学に励んだという事です。

常在戦場!和歌を究めた道灌の辞世

その後、道灌は勉学の成果を発揮して生涯に多くの和歌を詠みましたが、その白眉とも言えるのが辞世の句。

「山吹の花から和歌に目覚めた戦国武将・太田道灌のエピソード」のページです。デイリーニュースオンラインは、太田道灌和歌武士戦国武将戦国時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る