山吹の花から和歌に目覚めた戦国武将・太田道灌のエピソード (4/4ページ)
(どうだ、坂東に知られた当代随一の英雄が、こんな死にざまを晒そうとは……どうじゃ、悔しかろ?悔しかろ……?)
しかしそこは流石の道灌、奥歯を食いしばりながら下の句を返します。
「……かねてなき身と 思い知らずば」
【意訳】そうだな……死ぬ覚悟が出来ていなかったら(悔しかったかも知れん)な!
(何を戯けたことを……武士であるなら常在戦場、死ぬ覚悟くらい常日頃からしておるわ!)
己が死に際してもなお当意即妙の返歌を詠んだ道灌の境地は、既に達人の域にあったと言えるでしょう。
終わりにそして最期に「当方滅亡!」と叫ぶと、道灌は絶命しました。
当方とは道灌の主君である扇谷上杉家であり、柱石として支えてきた自分がいなくなれば、扇谷上杉家は滅亡してしまうだろう……そう予言したのでした。
実際のところ、道灌を暗殺するよう企んでいたのは扇谷上杉家の領土を虎視眈々と狙っていた相模国(現:神奈川県)の大名・伊勢新九郎長氏(いせ しんくろうながうじ。後の北条早雲)で、定正の嫉妬心を煽って暗殺させたという説もあります。
やがて道灌の予言通りに扇谷上杉家は滅ぼされてしまいましたが、道灌もそこまで見通せる眼力と主君への忠義があったなら、妬まれないよう立ち回ることも出来たでしょうに、とも惜しまれます。
以上、ひと枝の山吹から和歌に目覚めた太田道灌のエピソードでしたが、その奥ゆかしい典雅の道は、現代に生きる私たちも強く惹きつけ続けます。
※参考文献:
黒田基樹『扇谷上杉氏と太田道灌』岩田書院、2004年7月
小川剛生『武士はなぜ歌を詠むか』角川叢書、2008年7月
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