なぜ、人は呪いを信じるのか? (4/6ページ)

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 呪いを信じる人は、潜在的に悪運に結びつく動かぬ証拠を探したがり、それと矛盾した情報には見向きもしない傾向があるのかもしれない。

 こうした偏った確証傾向が、超自然の力のせいかもというただの推定を支える、いちおう筋は通っているが、論理的には一貫性のない話を生み出す。

 例えば、ツタンカーメンの呪いの場合がそうだ。この話は、ファラオの墓に分け入った者に呪いがふりかかるというものだが、ツタンカーメンの墓を発掘した時点では、考古学者たちにはなんの災難もふりかかっていない。

 しかし、マスコミが"ファラオの呪い"を報道したことによって、のちに起こった発掘チームメンバーの死や災難が呪いと結びつくことになってしまった。同じように、『ポルターガイスト』や『オーメン』といった映画も、時間がたつにつれて呪われているという評判がたつようになった。

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 呪いの力が人々に与える影響は、正確なことを信じたいという気持ちから発生する。これは、その出来事に関して、人間の力ではどうしようもないと感じる、外的支配力から生じる場合が多い。

 自分の知覚ではどうにもお手上げとなると、人はますます謎めいた外部の力を受け入れるようになる。心理学者はこれを呪術的思考と呼んでいる。

 呪いを信じるのは、さらに特定の人格特性とも関係している。とくに、その人が曖昧さや神経症的なことにどれだけ耐えられるかという点だ。

 曖昧で不確かなものに対する耐性は、その人が不安に対処できるかを示す。曖昧なことに耐えられない人は、閉鎖的になる傾向がある。

 それは、その証拠を疑いの目をもって考えず、すぐに結論に飛びつく失敗として現われる。
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