西村知美「アイドル時代に朝帰りを」ズバリ本音で美女トーク (4/5ページ)

日刊大衆

――映画『ドン松五郎の生活』ですね。主題歌は西村さんの『夢色のメッセージ』

西村 はい。ところがその主題歌を聴いた監督さんは、「なんて歌詞なんだ!?」と驚かれたんです。

■恋愛は禁止だったけど

――いやあ、アイドル時代の裏話は面白いですね〜。当時はメチャクチャ忙しかったんじゃないですか?

西村 そうですね、休みが半年に1日あればいいほうで、「いつ寝るんですか?」みたいな状態が続いて……。

――デビュー時から女優としても活躍されていました。

西村 デビューしてすぐにNHKの朝ドラ『ノンちゃんの夢』(88年)に出演させていただいたのですが、その頃は本当に大変でした。常に台本を6冊ぐらい持ち歩きながらでセリフ覚えがとにかく大変で。さすがに気持ちが参って、当時の女性マネージャーに車の中で「今、泣いていい?」と言って大泣きしたのを憶えています。寝る間もなく忙しい中、高校にも通われていました。

西村 どんなに仕事が忙しくても、頑張って堀越学園に通っていたのは、そこがオアシスのような存在だったからなんです。気心知れた同級生と楽しくおしゃべりができるっていうのは、疲れが吹き飛ぶんです。

――なるほど。友達と遊びに行ったりとかは?

西村 それが難しいんです。私たちの頃は事務所の管理が厳しくて。恋愛は当然禁止で、男の人と話しちゃいけないし、女の子でも友達を作っちゃいけないって言われていました。でも、事務所には内緒で友達は作っていましたけど(笑)。

――そうじゃないと息が詰まっちゃいますよね。

西村 携帯電話がない時代だったので、夜中に仕事から帰ってきてから自宅の固定電話で電話をかけたりとか。もちろん20歳は超えていましたけど、夜中に仕事から帰ってきてから、友達と会って朝まで遊んだりもしていましたね。

■錚々たるメンバーで女子会

――ええっ、西村さんが朝帰りをしていたんですか!?

西村 今だから言える話ですけど、伊藤智恵理ちゃんとはよく朝まで遊んでいました。

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