悪魔なの?天使なの?織田信長の家臣が記した貴重史料「信長公記」から信長の性格に迫る (1/3ページ)
おおむね「泣かぬなら殺してしまえホトトギス」という歌にも表された独裁者というイメージを長年もたれている信長ですが、優秀な経営者としての面も評価されています。
いったいどんな人物だったのでしょうか。
前回に続き、太田牛一の記した信長の伝記『信長公記』に記された数々のエピソードを紹介します。
前回の記事はこちら。
信長側からみて明智光秀はいつ登場した?織田信長の家臣が記した貴重な史料「信長公記」 敵の首を肴に酒宴ある年、京都や近隣諸国の大名・武将たちが信長に挨拶するため岐阜へ出仕。酒宴が開かれました。他国の者が退出し馬廻り衆のみになったとき、なんと信長は討ち取った「朝倉義影・浅井久政・浅井長政」の首をもってこさせ宴を再開したといいます。
この際、首は漆で塗り固めてから金泥などで彩色する「薄濃(はくだみ)」という処置がされて膳に置かれたそうです。
伝記にも「いまだかつて聞いたことのない珍奇な肴」とあるので、当時当たり前だったわけではなく、度肝を抜かれた武将もいたということでしょう。やはり信長ならではというエピソードだと思います。

