400年前、仙台城下に張られた”六芒星の結界”は今も生きているのか?その2 (2/6ページ)

Japaaan

明治になって神仏習合を禁じられ、神仏分離令により廃仏毀釈が起こり、政宗公のご神体を守るために、境内に青葉神社(明治7)が建てられました。

青葉神社は、伊達政宗公(及び愛姫と家臣)の御霊を祀っています。現住職は、白石片倉家第16代当主の片倉重信氏。政宗公の神号は「武振彦命(たけふるひこのみこと)」。

東北一の歓楽街「国分町」の突き当りにありますが、この通りは旧奥州街道で、商人が住む町でした。軍事的には、北へ抜ける七北田街道を見通せます。

政宗公が亡くなった5月に、毎年2日間かけて行われる「青葉まつり」は、市民参加で盛大に執り行われますが、今年は新型コロナウィルスの自粛で中止となりました。

大崎八幡宮 1607

桃山建築様式のすばらしい社殿を有する国宝です。伊達家が山形県米沢から宮城県岩出山を経て仙台へ移る時に、米沢の成島八幡と岩出山の大崎八幡を合祀してここに祀った総鎮守社です。

軍事的には、城下の北西を守護し、西へと延びる作並街道の出入り口を監視することができました。有事の際には、城の裏手に住んでいた(と思われる)伊達の忍者部隊「黒はばき組」が、城下を通らずすみやかに集合できたと思われます。

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