400年前、仙台城下に張られた”六芒星の結界”は今も生きているのか?その2 (4/6ページ)

Japaaan

イラスト:仙台城下町百景

愛宕神社 1603

愛宕神社のある山は「向山(むかいやま)」といい、青葉神社(北山)へは直線上に国分町の通りと重なります。

陰陽五行説では、北の水に対して南は火となり「軻遇土神(かぐつちのかみ)」を祀ります。

愛宕山の南側は、茂ケ崎山との谷間に東西に延びた道路がありますが、そこは古からの街道で「東街道(あずまかいどう」と呼ばれていました。城下に入るための出入り口に位置し重要な監視ポイントでもありました。

国分氏の時代に青葉山には仙台の地名の由来となった「千躰仏(せんたいぶつ)」があったのですが、仙台城の築城により経ヶ峯(瑞鳳殿)に移り、その後愛宕神社の西側にお堂が建てられ遷座しました。

六芒星の6地点の中では、仙台城址と愛宕神社のみ、城下を一望にすることができます。

愛宕神社より青葉神社方面を望む

榴岡天満宮 1667

三代藩主綱宗公により建立。昭和30年代までは「天神社」と呼んでいました。菅原道真公を祀っています。

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