ザ・キャバレー「栄枯盛衰」回顧録(3)2020年2月、ついに閉店の時が… (2/2ページ)
それらの国のホステスの特徴は、昭和30年代に日本人のホステスが持っていた、必死のサービスでチップをもらって稼ぐような誠実さ。その優しさに日本人の男はグラグラッてなっちゃった。その時、キャバレー業界も気がついたのです。たとえ高い金を払っても、サービスがよければまだまだお客さんはいるんだと。その時にはすでに手遅れでしたがね」
ピンクキャバレーが登場し、ナイトクラブ、新手のキャバレー調クラブ、外国人ホステス——。昭和から平成へと時代が変わり、王道キャバレーはこれらの攻勢をずっとしのいできた。しかし、ついに時代のすう勢にはあらがえなかったようで、
「何か、目に見えない時代の流れが近づいていたのでしょう。それが目に見えてきたのは、東京のキャバレーが消えていった時。『スターダスト』『杯一』『白いばら』そして『ハリウッド』。特にハリウッドの福富(太郎)さんが亡くなった時(2018年5月)には、終わったなと思いました。人には言いませんでしたけどね」
そんな中、吉田氏の「クラブロータリー」は歌舞伎町最後のキャバレーとしてのプライドを見せ、そして今年2月をもって役目を終えた。事実上、東京からキャバレー文化が消えた瞬間でもあった。