志村けん「若き日の仰天ヤンチャ伝説」 (1/5ページ)
国民的番組を作り上げた仕掛人の証言など、急逝した天才喜劇人の無名時代のエピソードを大公開!
テレビの追悼番組などで語られていない、志村けんさん(享年70=以下、一部敬称略)にまつわる秘話はまだまだある。ザ・ドリフターズを極めて間近で見ていた人物が明かした、下積み時代の仰天エピソード満載の本があったのだ。その本とは『8時だョ!全員集合伝説』。今から約21年前、弊社よりリリースされた。著者は居作昌果氏。2005年に71歳で他界した同氏は、『8時だョ!全員集合』(TBS系)のプロデューサーであり、いかりや長介(享年72)らザ・ドリフターズのメンバーとともに、怪物番組を作り上げた人物だ。同書では、志村がヤンチャ盛りだった若き日の逸話が、いくつも披露されている。ここでは、その一部を抜粋して紹介し、あらためて愛すべき天才コメディアンの死を悼みたい。
〈東村山在住のコメディアン志望の高校生志村けん(本名・康徳)は、なぜかいかりや長介を自分の師匠と一方的に決めていた〉 『〜全員集合伝説』には、そう記されている(以下太字、同書よりの引用)。
68年、まだ『〜全員集合』スタート前のこと。その頃のドリフについて、江戸川大学教授で、お笑い評論家の西条昇氏はこのように語る。「ドリフがビートルズの前座をやったのが66年ですよね。その後ぐらいから、『大正テレビ寄席』(NET系=現・テレビ朝日)にコミックバンドとして出演していました。