伊達政宗の代になって急増する殉死者の数~秘密のベールに包まれた高野山 (1/3ページ)

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伊達政宗の代になって急増する殉死者の数~秘密のベールに包まれた高野山

真言密教の聖地として秘密のベールに包まれた「高野山」ですが、今では外国の方や若い女性にも人気の観光地として解放されています。高野山の中央に位置する古刹「北室院」(昔は観音院)は、山内での仙台藩の菩提寺です。

-弘法大師空海が高野山を開創した当時、中院を中心に北室・西室・南室を建立したといわれ、北室(現在の北室院)は谷上地区に建立された。北室院は諸大名の帰依を受けたが、特に仙台伊達家の帰依は深かった-

参照:北室院

奥の院は、弘法大師の御廟のあるところですが、ここへ入るには一の橋(大橋)を渡ります。壇上(胎蔵界)と奥の院(金剛界)を区画する橋です。

その一の橋を渡ってすぐ左手に、伊達家二代忠宗公と三代綱宗公、となりに宇和島伊達家の墓所がありますが、さらに参道を進んで右側に伊達政宗公の墓所があります。

つまり伊達家の墓所は、2か所に分かれています。

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