モンゴルに自由と統一を!日本人と共に民族独立を目指したバボージャブ将軍の戦い【三】 (5/6ページ)

Japaaan

バルチック艦隊に勝利した日本海軍・連合艦隊。東城鉦太郎『三笠艦橋之圖』明治三十九1906年

やがてアメリカ大統領セオドア・ルーズベルトが日露講和を促し、戦闘には勝利したものの、もはやボロボロになっていた日本と、まだまだ十分な継戦能力を温存していながら国内で起こった第一次ロシア革命への対応に追われるロシアの利害が一致。

かくして10月14日、日露両国がポーツマス条約(日露講和条約)を締結し、ここに日露戦争は終結したのでした。

「やった……俺たちの、黄色人種の勝利だ!」

「大日本帝国万歳!満洲万歳!モンゴル万歳!」

奉天で講和条約の締結を知ったバボージャブたちは、歓喜に沸き立ったことでしょう。

「これでロシアの支配下にあった満洲が解放される!この勢いで、清国の支配下にある南モンゴルも解放しよう!」

……しかし、講和の内容は南樺太(からふと)の割譲と朝鮮半島の権益承認、大連・旅順そして東清鉄道(旅順~長春間)の租借権を得たものの、賠償金は得られませんでした。

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