泣く子も黙る「民権ばあさん」!日本初の女性参政権を実現した民権家・楠瀬喜多 (3/6ページ)

Japaaan

【原文】……(前略)……婦女ハ権利ノ無キモノナレバ税ヲ収ムノ義務モ又男子ノ並ニハ尽シガタク……(後略)……

【意訳】男性と同じ権利を認めないなら、納税の義務を男性と同じように果たす訳には参りません。

その内容は至極もっともながら、事なかれ主義の高知県は喜多の要求を拒絶したため、その矛先は東京の内務省まで向かう事になりました。

……結局、その選挙では投票できなかったものの、喜多の必死な思いが通じたのかはともかく、明治十三1880年9月20日に発布された区町村会法では、各区町村に選挙規則を制定する権限が認められました。

投票する女性たち。Wikipediaより。

つまり、女性の投票する権利も区町村で自由に決められる……それを知った喜多は、もちろん地元行政に猛プッシュ。かくして、日本で初めての女性参政権(※ただし戸主に限る)を実現します。

※ちなみに、世界で初めて女性参政権を認めたのは米国ワイオミング州議会で、今回の例は世界でも二番目という画期的なものでした。

「泣く子も黙る「民権ばあさん」!日本初の女性参政権を実現した民権家・楠瀬喜多」のページです。デイリーニュースオンラインは、楠瀬喜多自由民権運動明治時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る