元ヴィジュアル系バンドマンに聞く「令和のセカンドキャリア論」 #この会社の片隅に (2/6ページ)
だって、多くのバンドはそこを目指して、でも辿り着けない。
元々は音楽を作りたくて活動していたのに、それがいつの間にか音楽を売るための活動になっていて。自ら“やっている”はずのことが、“やらされている”感覚になっていました。
今振り返れば、すごいことだと思うんですよ。メンバーで全国回って、ファンの子たちがそれを広げてくれて、事務所とかレコード会社とかいろんな人が協力してくれた。みんなが頑張って成し遂げたことなのに、それを素直に喜べなかったんです。
この瞬間、「僕に音楽を伝える資格はない」と思ったのが解散のきっかけでした。
今のお話って、私たちのような一般の働く女性にも通ずる部分があると思うんです。初めは夢を大きく持って、やりがいいっぱいに楽しくやっていた仕事が、続けるうちに「こなすもの」になっちゃう感覚。あーりんも例外じゃないんですけど……。でも、辞めた先のことを考えるのも怖くて。
ましてやヒィロさんは前身のバンド活動も合わせると16年間この世界にいたんですよね? ν [NEU]を辞めることに恐れや不安はなかったんでしょうか。
いや、めちゃくちゃ不安でしたね。実際、バンドが解散するかもって時期は不安で仕方なかった。だけど、解散を決めてからはそれがスパッとなくなりました。
ぶっちゃけ、バンド活動はあと3〜4年継続できたと思いますよ、やろうと思えば。でも、音源の売り上げもライブの動員も、自分たちのピークは自分たちが最も分かってた。メンバー5人の「一番かっこいいところで終わるべき」という美学が一致した感じでした。
その場所でのピークを迎えたからこそ踏ん切りがついた、かぁ。辞めるのが怖くて不安ということは、あーりんはまだ今の職場でやるべきことがあるのかも。そうかもしれないですね。
解散を決めた時、ファンや周囲からは大ブーイングを食らいました。だって、こんな自分勝手なことってない。辞めることは、周りの人を裏切ることだから。
でも、それ以上に耐えられなくなっちゃったんですよね。今になっては自分が弱かっただけだと気付くけど、当時の本音ではもう限界だったんです。