16歳とは思えない風格!悲劇のイケメン貴公子・平敦盛の美しすぎる最期【上】 (3/4ページ)
(※)治承四1180年に源頼朝(みなもとの よりとも)公はじめ東国各地の武士たちが次々と叛旗を翻す中で清盛が病没、あれほどの栄華を極めた平家一門は、京の都を追われるまでに衰えてしまいました。
一ノ谷の合戦に敗れた敦盛たちは、洋上で待機していた味方の船まで逃げようとしたのですが、そこへ直実が挑発します。
「あれは大将軍とこそ見参ら候へ。まさなうも敵に後ろを見せさせ給ふものかな。返させ給へ」
※『平家物語』敦盛最期より。【意訳】あそこにいるのは名のある大将に違いない(身に着けていた甲冑の高級感はもちろん、その着こなしや立ち居振る舞いにも品格が備わっていたのでしょう)……おい、みっともなく敵に背中を見せるな。戻って来て俺と勝負しろ!
まだ若い敦盛は挑発に乗って直実と一騎討ちに臨みますが、歴戦の勇士と初陣のヒヨッコでは勝負になりません。あっけなく敦盛を取り押さえた直実は、少年のあどけなさを残した敦盛の美貌にハッとします。
(何だよコイツ……ウチの小次郎と同じくらいのガキじゃないか……)
今回の合戦で直実は嫡男の熊谷小次郎直家(こじろう なおいえ)を連れて来ており、晴れの初陣で勇敢に戦ったものの、負傷したため後方に退がらせたばかりでした。