16歳とは思えない風格!悲劇のイケメン貴公子・平敦盛の美しすぎる最期【上】 (1/4ページ)
♪一ノ谷の 軍(いくさ)敗れ 討たれし平家の 公達(きんだち)あわれ……♪
※唱歌「青葉の笛」一番より
平家一門として一ノ谷の合戦に出陣するも、16歳の若さで命を散らした悲劇の貴公子・平敦盛(たいらの あつもり)。
少女のようなその美貌と、敦盛を討ち取った坂東武者・熊谷次郎直実(くまがいの じろうなおざね)のむさ苦しい荒夷(あらゑびす。野蛮人)ぶりが好対象となって、読者に強いインパクトを刻みつける源平合戦のハイライトとなっています。
さて、そんな敦盛はどのような生涯を送ったのか、今回紹介したいと思います。
平敦盛のプロフィール平敦盛は嘉応元1169年生まれ、父の平経盛(つねもり)は平清盛(きよもり)の弟なので、敦盛は清盛の甥に当たります。
利発な子で、幼少の頃から笛の名手として知られ、父から「青葉の笛」を授けられます。これはかつて敦盛の祖父・平忠盛(ただもり)が鳥羽院(第74代・鳥羽天皇)より賜ったという名物ですが、『平家物語』では「小枝(さえだ)」という名前で伝わっています。