伊達政宗と繰り広げた骨肉の争い!戦国時代の女城主・阿南姫の生涯【1/4】 (1/4ページ)

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伊達政宗と繰り広げた骨肉の争い!戦国時代の女城主・阿南姫の生涯【1/4】

戦国時代は男性だけでなく、女性も時として家督を継承して城を守り、第一線で戦うことがしばしばありました。

最近では大河ドラマのヒロインとなった井伊直虎(いい なおとら。※男性説アリ)が有名ですが、今回は東北地方で活躍した女城主の一人・阿南姫(おなみひめ)の生涯を紹介したいと思います。

「女ひとりとるために……」母・久保姫の争奪戦

阿南姫の父・伊達晴宗。Wikipediaより。

阿南姫は天文十1541年、陸奥国の西山(現:福島県桑折町)城主であった伊達晴宗(だて はるむね)とその正室・久保姫(くぼひめ)の長女としてこの世に生を享けました。

兄に岩城親隆(いわき ちかたか)、弟に伊達輝宗(てるむね)がおり、この輝宗は後に「独眼竜」として活躍する伊達政宗(まさむね)の父ですから、阿南姫は政宗の伯母に当たります。

ところで、どうして長男の親隆が伊達家の跡取りでなく、岩城家の養子に出されているのかと言いますと、その理由は母の久保姫が別名「笑窪御前(えくぼごぜん)」と呼ばれたほどの美人であったことに起因するそうです。

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