知って楽しい鎌倉の歴史!駅からスグの史跡めぐり~頼朝公と西行法師の出逢い~ (5/6ページ)

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西行法師のファンだった頼朝公は、彼に歌道と兵法の心得について尋ねたところ、とことん話してくれたとも、あるいは謙遜の体(てい)ではぐらかされてしまったとも言いますが、頼朝公よりお礼として銀の猫(香炉)を贈られたそうです。

放浪と和歌に生きた西行法師。菊池容斎『前賢故実』より。

伝承によると、西行法師はこの銀の猫をそこいらに遊んでいた子供たちにあげてしまった(=物欲がなかった)と言われています。しかし彼は当時、戦乱で焼けてしまった奈良の東大寺を再建するための勧進(かんじん。寄付を求めること)で鎌倉に来ていたので、高級品であればその足しにできたろうに、とも思います。

実際には、銀の猫は(恐らく高額寄付のお礼として)奥州藤原氏に贈られており、後に頼朝公が奥州藤原氏を征伐した際、宝物殿から発見されたそうです。

ちなみに、頼朝公が西行法師に会ったのは文治二1186年8月15日、鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)へ参拝する時だったそうですが、頼朝公の御所から八幡宮へ参拝するのに、ここまで来るのは遠回りになってしまうため、伝承を虚構とする説もあります。

しかし、中世には方違え(かたたがえ。凶方位を避けるため、目的地へ移動するのに別方位から迂回すること)の習慣があったため、占いの奇遇が二人を引き寄せたのかも知れません。

そして3分も歩けば、長谷観音の大通りと合流。この辺りがかつて飢渇畠(けかちばたけ)と呼ばれた処刑場で、斬られた罪人たちを供養するため、六地蔵が建立されています。

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