歴代総理の胆力「小渕恵三」(1)オレは“真空総理” (2/2ページ)
しかし、意外や小渕は内政・外交とも、次々と大胆な決断力を発揮していくことになるのである。
内政では、折からの不況下、迫られている「財政構造改革」を思い切ってタナ上げし、政策運営の照準を景気回復一本に定めて成功させた。
外交では、さらに大胆な決断力を次々に発揮した。韓国とは金大中大統領を招いて「日韓共同宣言」を発表、そのなかで戦後50年の「村山(富市総理)談話」を踏まえ、改めて過去の植民地支配への「痛切な反省」「心からのお詫び」を明記した。しかし、その一方で金大統領からは、今後は「歴史問題」を蒸し返さないための約束を取りつけたものだった。
また、中国の江沢民国家主席の来日では、共同宣言に江沢民が「歴史認識」「台湾問題」のより踏み込んだ文言を入れることを強く要求したが、文書化には断固、拒否を貫いたといった具合だった。
さらには、一方で小沢一郎率いる自由党を連立に組み入れてまず「自自」連立政権を、その後これに公明党との間で閣外協力を取り付けて「自自公」連立政権を成立させている。これにより国会運営も順調に推移、最大派閥・小渕派の結束もあいまって、政権基盤は一層強まったものだった。
「自自公」連立時には内閣支持率も40%台まで上昇、政権発足直後は厳しい評価だった海外メディアも、「冷めたピザ」に手のヒラを返して報じたものであった。
「最近は(ピザに)風味が出てきたようだ」
■小渕恵三の略歴
昭和12(1937)年6月25日、群馬県生まれ。早稲田大学文学部を経て、世界一周の旅に出る。昭和38(1963)年10月、26歳で衆議院議員初当選。平成10(1998)年7月、小渕内閣組織。総理就任時61歳。在任中の平成12(2000)年5月14日、入院先で死去。享年62。
総理大臣歴:第84代 1998年7月30日~2000年4月5日
小林吉弥(こばやし・きちや)政治評論家。昭和16年(1941)8月26日、東京都生まれ。永田町取材歴50年を通じて抜群の確度を誇る政局分析や選挙分析には定評がある。田中角栄人物研究の第一人者で、著書多数。