城が欲しくば力で奪え!戦国時代、徳川家康と死闘を繰り広げた女城主・お田鶴の方【中】 (2/5ページ)
義元の嫡男である今川氏真(うじざね)にはこの難局を乗り切る器量が見込めず、連龍は飯尾家の命運を賭けて、織田信長への内通を決断したのですが……。
今川軍が襲来!曳馬城の攻防戦信長に内通しながら、しばらく表向きは今川家への臣従を維持していた連龍ですが、永禄五1562年、いきなり今川の軍勢が曳馬城へ攻めて来ました。
その兵力はおよそ三千、率いているのは新野左馬助親矩(にいの さまのすけ ちかのり)とその弟・新野式部之矩(しきぶ ゆきのり)。有無を言わさず矢を射かけてきたため、連龍は咄嗟に応戦します。
「いったい何事か!」
「己が胸に訊いてみよ!その方ら、新居(あらい)と白須賀(しらすか)の駅舎を焼き討ちしたであろうが!」
「馬鹿な!身に覚えなきこと……濡れ衣じゃ!」
実はこの頃、信長について三河国で独立していた松平元康(まつだいら もとやす。後の徳川家康)が、三河・遠江(現:愛知県東部~静岡県西部)両国の今川勢力を切り崩すべく暗躍していたのでした。
「問答無用!者ども、かかれ!」