城が欲しくば力で奪え!戦国時代、徳川家康と死闘を繰り広げた女城主・お田鶴の方【中】 (1/5ページ)

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城が欲しくば力で奪え!戦国時代、徳川家康と死闘を繰り広げた女城主・お田鶴の方【中】

前回のあらすじ 城が欲しくば力で奪え!戦国時代、徳川家康と死闘を繰り広げた女城主・お田鶴の方【上】

戦国時代、遠州曳馬(ひくま。現:静岡県浜松市)城主の飯尾豊前守善四郎連龍(いいお ぶぜんのかみ ぜんしろう つらたつ)に嫁いだお田鶴(たづ)の方

いわゆる政略結婚で、まだ10歳前後の幼な妻でしたが、夫・連龍とその前室の忘れ形見である辰之助(たつのすけ)との三人でぎこちなくも幸せな家庭を築いていく中、重大な転機が訪れます。

時は永禄三1560年5月19日、後世に言う「桶狭間(おけはざま)の戦い」で主君・今川義元(いまがわ よしもと)が尾張国(現:愛知県西部)の小大名・織田信長(おだ のぶなが)に討ち取られてしまったのです。

桶狭間に散った義元と、今川の家督を継いだ嫡男・氏真(イメージ)。

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