踏みにじられた貞操…戊辰戦争で活躍するも、敵の手に落ちた神保雪子の悲劇【下】 (5/5ページ)

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エピローグ

激戦の末、ボロボロになった会津若松城。Wikipediaより。

かくして多大な犠牲を払った悲劇の末に成し遂げられた明治維新。日本国の未来を案じて一致協力を訴えた神保修理の正しさは証明されたものの、会津藩は永らく「朝敵」「賊軍」の汚名に甘んじさせられたのでした。

たとえ命を落としてでも、広く公益に供する視点に立って、正しいと信じたことをどこまでも訴え続けた愚直な心意気は、雪子はもちろん、現代に生きる私たちの胸も強く打ち続けることでしょう。

【完】

※参考文献:
阿達義雄『会津鶴ヶ城の女たち』歴史春秋社、2010年1月
中村彰彦『幕末会津の女たち、男たち 山本八重よ銃をとれ』文藝春秋、2012年11月
宮崎十三八・安岡昭男『幕末維新人名事典』新人物往来社、1994年1月

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