踏みにじられた貞操…戊辰戦争で活躍するも、敵の手に落ちた神保雪子の悲劇【下】 (4/5ページ)

Japaaan

「……俺たちが『楽しんだ』後にな……」

8月25日、会津若松での戦況を視察した土佐藩士の吉松速之助(よしまつ はやのすけ)は、散々になぶられ、ボロボロにされた雪子の姿を憐れみ、大垣藩に対して釈放を要請します。

「賊軍とは言え、婦女に対してかかる凌辱を許せば、新政府に対する人々の支持が得られないばかりか、残る賊徒の闘志を煽ることにもなりかねない。即刻釈放、あるいはせめて自決を促すべし!」

しかし、大垣藩は「よそ者の指図は受けぬ(≒本音:まだ楽しみ足りない)」として要請を拒絶。

(もしかしたら、雪子が女性ながらに大立ち回りを演じて武勇を発揮し、大垣藩も多数の犠牲を出してしまった恨みがあったのかも知れません)

許しがたい事ではあるが、新政府軍同士でのもめ事は避けたいし、無理やり助け出そうにも多勢に無勢。第一、そこまでのリスクを冒す義理もありません。

「……やむを得まい」

速之助は、再び雪子の元へ戻って脇差を貸し与えます。

「……忝(かたじけの)う存じます……」

慶応四1868年8月25日、雪子は獄中に自刃。愛する夫の後を追ったのでした。享年24歳。

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