戦国時代の“お茶ブーム”仕掛け人は信長だった!「領地よりも茶器が欲しい」 (3/3ページ)
信長に取り立てられて摂津一国を与えられながら、毛利や本願寺に通じ信長に反旗を翻したとして、居城の有岡城(現在の伊丹市)で信長軍に包囲されたまま1年近くも籠城。あげく、妻子や重臣を置き去りにして城から逃亡した。息子のいる尼崎城に入りますが、大事な茶道具と愛妾を連れていくのは忘れなかったという、一族郎党を見捨てた究極の自己チュー男です」
その後、村重の妻や幼い子供たちは京都の六条河原で処刑され、身分の低い家臣らの家族まで処刑された。にもかかわらず、村重は一人、毛利の領国・尾道に逃れ、そこで本能寺の変を迎える。やがて秀吉が台頭すると、秀吉の茶頭や話し相手となる御伽衆(おとぎしゅう)として復活する厚かましさだ。剃髪してみずから「道糞(どうふん)」(道のクソ)と名乗ったというから、自分でもそのサイテーぶりを自覚していたのだろう。
武田氏が滅亡したあと関東の司令官に任ぜられた滝川一益(たきがわかずます)などは、与えられた上野一国より、「珠光小茄子(じゅこうこなす)」という名茶器が欲しかったと言ったほど。戦国マニアとして知られるお笑い芸人・桐畑トール氏が語る。
「領地より茶器が欲しかったなんていうのは、やはり信長が価値観を変えて、名茶器を所有することを権力のステータスに押し上げたということで、これはすごいことです。昭和のバブル時代に、ゴッホのひまわりの絵を50億円以上も出して買ったり、ゴルフの会員権をバカみたいに数千万円で売買したように、時代によってステータスの価値観は変わるので、今ならきっと、ビットコインみたいな仮想通貨を信長は買ったんでしょうね」
やはり信長は変革者だったということか。
河合敦(かわい・あつし)1965年、東京都生まれ。早稲田大学大学院博士課程単位取得満期退学(日本史専攻)。多摩大学客員教授。早稲田大学非常勤講師。歴史作家・歴史研究家として数多くの著作を刊行。テレビ出演も多数。主な著書は「早わかり日本史」(日本実業出版社)、「大久保利通」(小社)、「日本史は逆から学べ《江戸・戦国編》」(光文社知恵の森文庫)など。
桐畑トール(きりはた・とーる)1972年、滋賀県生まれ。滋賀県立伊香高校卒業後、上京し、お笑い芸人に。05年、オフィス北野に移籍し、相方の無法松とお笑いコンビ「ほたるゲンジ」を結成。戦国マニアの芸人による戦国ライブなどを行う。「伊集院光とらじおと」(TBSラジオ)のリポーターとしてレギュラー出演中。現在、TAP(元オフィス北野)を退社しフリー。