戦国時代、日本の地で剣術を修めた外国出身の武士「李家元宥」のエピソード【下】 (3/4ページ)
後の李家如宥)を授かります。
こうして日本の暮らしに馴染んでいった元宥たちの元へ、大野松右衛門家信(おおの まつゑもんいえのぶ)がやって来ました。
松右衛門は柳生石舟斎(やぎゅう せきしゅうさい)の高弟で、柳生新陰流(しんかげりゅう)を広めるために西国各地を巡っており、免許を受けた際に柳生の姓を許されたほどの使い手です。
「亡き父に恥じない武人でありたい!」
かねてよりそう願っていた元宥は松右衛門の高名を慕ってさっそく入門。剣術に研鑽を重ねたことにより、やがて打太刀(うちたち。形稽古の受け≒コーチ役)を任されるまでに成長し、ついに免許皆伝となりました。
その後、松右衛門は毛利氏の本拠地である萩(はぎ。現:山口県萩市)から九州各地へ柳生新陰流の普及に飛び回りましたが、やがて死期を迎えると元宥を枕元に招きます。そして永年愛用してきた槍と長刀を形見として譲られており、よほどの信頼関係があったのでしょう。