戦国時代、加藤清正を追い詰めた男装の女武者・お京の方の武勇伝【三】 (3/5ページ)
呼応したのは、大矢野民部少輔種基(おおやの みんぶしょうゆう たねもと)、上津浦種直(こうつうら たねなお)、栖本下野守八郎親高(すもと しもつけのかみ はちろうちかたか)……そして天草伊豆守太郎左衛門久種(あまくさ いずのかみ たろうざゑもんひさたね)と天草種元。
かつて島津氏に追われて以来、ずっと世話になって来た種元を見捨てる訳にはいかない……事ここに至って、正親は覚悟を決めました。
「それでは、志岐殿の加勢に参る。そなたたちも、ゆめゆめ油断なきように」
小西の背後には豊臣の大軍が控えている……生還を期せず、せめて肥後国衆の意地を示すべく、正親はお京の方や息子たちと別れの水盃を交わします(嫡男・傳九郎は従軍)。
「お留守は私どもが務めますゆえ、お心置きなくご奉公下さいませ……」
これが今生の別れ。武士の妻として、平生より覚悟してきたつもりであっても、今度ばかりは勝ち目は元より、生きて帰れる見込みもありません。