戦国時代、加藤清正を追い詰めた男装の女武者・お京の方の武勇伝【三】 (1/5ページ)

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戦国時代、加藤清正を追い詰めた男装の女武者・お京の方の武勇伝【三】

前回のあらすじ

戦国時代、肥後(現:熊本県)の国衆「どもり弾正」こと木山正親(きやま まさちか)に嫁いだお京(きょう)の方

豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)によって九州が平定され、肥後国は佐々内蔵助成政(さっさ くらのすけ なりまさ)が統治することになりましたが、性急な検地の強行によって叛乱(肥後国衆一揆。天正十五1587年)が勃発します。

しかし、正親とお京の方はその加勢を自重、果たして叛乱は鎮圧されたのでした……。

戦国時代、加藤清正を追い詰めた男装の女武者・お京の方の武勇伝【一】

戦国時代、加藤清正を追い詰めた男装の女武者・お京の方の武勇伝【一】

恩人を見捨てられず……正親、天正天草合戦に出陣

さて、叛乱を惹き起こした責任をとって佐々成政が更迭され、代わって肥後国を支配したのが、一揆の鎮圧に武功を上げた小西摂津守行長(こにし せっつのかみ ゆきなが)。

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