スポ根テニス漫画「エースをねらえ!」に見る仏教思想と永遠の命 (2/3ページ)

心に残る家族葬



「この世のすべてに終わりがあって 人生にも試合にも終わりがあって いつと知ることはできなくても 必ず確実にその終わりに近づいている だからきらめくような生命をこめて 本当に二度とないこの一球を精一杯打たねばならない」

宗方は夢を託すべく、いるのかいないのかわからない選手を探す旅に出る。そこでひろみに出会い、いつしか自分の体の代用であることを忘れて、ひたすらひろみを高みへと連れていく。宗方は自分の夢という執着すら捨てて、想いを繋げることに昇華していった。そしてひろみを愛する藤堂貴之に全てを話し、ひろみのその後を託したのである。

■桂大悟の迷いと悟り

「エースをねらえ!」は2部構成になっているが、テレビアニメが宗方の死で完結しているため、第2部の知名度はかなり低い(OVAのみ映像化)。しかし作者はむしろ第2部を書きたかったのではないかと思える。
第2部は宗方を失い失意の底に落ちたひろみの再生と、宗方の魂に対する鎮魂の物語である。そのキーパーソンが桂大悟。宗方の親友である。宗方はまだ見ぬ選手を探す旅に出ることを決意した後、桂に後進を託す。桂は受諾するが、激しい慟哭に襲われる。あまりにも重すぎる約束であり、まじの覚悟でできることではなかった。桂は永平寺に籠もり僧となり、自分なりの悟りを開く。それは大した苦しみもない代わり、大した喜びもないぬるま湯のような人生より、慟哭を味わえる人間は幸福なのだということ。ひろみはまさに慟哭の渦中にあり、その先に人生の高みが待っていると確信した。その後、身障者の子供とのふれあいなどを通じ、ようやく意志を取り戻しつつあるひろみに宗方のラケットを渡す。

「宗方仁を忘れるな。何もしなくても時は過ぎてゆく。あれほどの男とかかわり、それほどの思いを味わっても これからのお前の心ひとつですべては軽い“思い出”になってしまう!そんなことは俺が許さん!!」

忘れることは人間の素晴らしい能力である。どんな悲しみも永久に持続するものではない。その一方で、日常という波に飲まれ、いつしか軽い思い出になっていくことも事実だ。思いを継ぎ、その人の人生を忘れないことで、人は永遠に生きる。本当の意味でその人が死んだのか、これからも生きるのかは、我々の態度次第なのである。
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