百姓から一国の大名に!民衆や神様に愛された戦国武将・田中吉政の立身出世を追う【上】 (4/4ページ)

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※他にも久兵衛は近江源氏の先祖伝来と自称する釘抜(くぎぬき)紋も使用しており、これは「くきぬき」が「九城抜き=九つの城を抜く=攻略する」に通じる縁起のよい家紋で、後に城攻めでも武功を上げています。

そんなある日、久兵衛が茶屋の店先で枡(ます)を枕に昼寝をしていたところ、通りがかった盲人に見とがめられました。

「いけませんな……米を量る枡を枕にするなど、そのように米を粗末に扱うようでは、せいぜい一千石ばかりの領主で終わってしまいますぞ」

どうして盲人に久兵衛の姿が見えるのか、と思いますが、当時の概念では弱視や色盲など、視力に問題があるものは一くくりに盲人と呼ばれたようです。

それはともかく、盲人に諫められた久兵衛は素直に反省し、「よく気づかせてくれた」と感謝して酒と海老(おそらく川蝦)を一升づつ贈りました。

「もしも将来わしが栄達できたなら、間違いなくそなたのお陰であろう。必ず謝礼を致すゆえ、それまで達者で暮らすのじゃぞ」

「ははは、楽しみにしておりますぞ」

立ち去る盲人を見送る久兵衛(イメージ)。

こうして別れた二人が再会を果たすのは、30年以上の歳月を経た後になります。

【続く】

※参考文献:
市立長浜城歴史博物館ら『秀吉を支えた武将 田中吉政―近畿・東海と九州をつなぐ戦国史』市立長浜城歴史博物館、2005年10月
宇野秀史ら『田中吉政 天下人を支えた田中一族』梓書院、2018年1月

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