精神保健福祉士が考えるキューブラー・ロスの死への第2段階「怒り」 (2/2ページ)

心に残る家族葬

その悲劇とは、怒りの対象ではないにも関わらず怒りを受けて、その怒りを個人攻撃と勘違いしてしまうことである。

■自分が自分でいられなくなることに対する怒り

まずはその悲劇を回避するために、この怒りがどのように和らいでいくのかを知る必要がある。それは、本人が時間を割いて自分の話を聞いてもらい、大切にされている、理解されていると実感することである。怒りを辺り構わずぶつけている期間であっても、理性が失われているわけではない。いつもの自分でいたい、みんな中に生きている自分を壊したくないという本心を持っているとキューブラー・ロスは論じる。自分を嫌うようになると前述したが、これは自分を保つことができないということへの怒りである。

■「怒り」の段階にある人との接し方

では、このような時、周囲の人はどのように本人と過ごせばいいのだろうか。本人から向けられる怒りは個人攻撃ではないと理解をしたうえで、「怒りをぶつけてもいい」ということを伝えると効果的である。要求は素直に言っていい。怒りをぶつけても、あなたは受け入れられる。あなたを知るために、怒りをぶつけてもらえないか。

■キューブラー・ロスの願いとは

キューブラー・ロスは、「死ぬ瞬間」の中で、死に向かう人々の平穏な最期を祈り、彼らに対して今なお伝えたい思いがあるのだなと感じ取れるほど、彼らとの会話の描写が多い。しかし、これから死への過程に立ち会う人々へのメッセージも十分に記載されており、それが特に目立ったのは、この怒りの段階であったように思う。

そのメッセージとは、「大切な人の人生の最期という混乱の中でも腰が引けることなくその手伝いをし、自分の人生についても穏やかさと豊かな考えを獲得できるように」という周囲の人へ向けたキューブラー・ロスの願いであった。

「精神保健福祉士が考えるキューブラー・ロスの死への第2段階「怒り」」のページです。デイリーニュースオンラインは、社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る