戦国時代、北の海で暴れ回ったアイヌ海賊と、悩まされる戦国大名たち (3/4ページ)
一、松前及び上ノ国(現:上ノ国町)を「和人地」、それより北東全域を「蝦夷地」とし、アイヌは「和人地」へ自由に出入りできるが、和人は「蝦夷地」へ許可なく立ち入ることを禁ずる。
一、互いの領海(領土の沖合)を航行する際は、一度船の帆を下ろして敬礼すること。
こうして見ると、かなりアイヌたちに優位な内容となっており、それまでの戦いにおいて、蠣崎家はかなり劣勢に立たされていたことがうかがわれます。
また、安東家としてもそれまで大半を得ていた交易の税収をアイヌ勢力に持って行かれることとなり、その条件を呑まないと蝦夷地における権益をすべて失いかねない緊急事態だったようです。
「俺たちの海を航るなら、相応の『誠意』を忘れるなよ?」不敵なアイヌ海賊たち(イメージ)。
最後の条文についてはアイヌの海関(※海上に関所を設ける≒通行税を徴収する海賊行為)を認めるものであり、それと引き換えに和人たちの安全な航海を保障する……つまり、渡島半島の周辺海域は当時、アイヌ海賊によってほぼ制圧されていたという見方もあります。
アイヌと聞くと、現代の私たちは何となく「北海道の主に陸地か沿岸部で静かに暮らしていた人々」というイメージを持っていると思いますが、実際にはかなりのギャップがあったようです。