人質約700名の命と引き換えに逃亡。信長を裏切った戦国大名「荒木村重」【後編】 (1/3ページ)

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人質約700名の命と引き換えに逃亡。信長を裏切った戦国大名「荒木村重」【後編】

戦国大名「織田信長」を裏切り、有岡城に籠城した「荒木村重(あらきむらしげ)」。信長との講和を拒否した村重の関係者は700名近くが処刑された。【後編】では、その後の村重の人生と、謀反の利用を考察する。

これまでの記事

人質約700名の命と引き換えに逃亡。信長を裏切った戦国大名「荒木村重」【前編】

人質約700名の命と引き換えに逃亡。信長を裏切った戦国大名「荒木村重」【中編】

摂津国からの逃亡と晩年

1580年。花隈城に移った村重は、追撃してきた織田方の重臣・池田恒興軍と2度にわたって交戦している。織田軍は2度目の戦いで花隈城を開城させることに成功するが、村重はしぶとく逃亡し毛利氏を頼って西国に落ち延びた。

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