平安時代の海賊王!日本を揺るがす大反乱を起こした大海賊・藤原純友の野望 (2/8ページ)
このまま順当に行けば本家の威光でそれなりの出世が望めたはずですが、早くに父を亡くしたことで後ろ盾を失い、都での出世レースから脱落してしまいます。
現代人の感覚だと「出世は本人の努力や能力(+運)しだいじゃないの?」と思ってしまいがちですが、平安時代の貴族社会は家柄やコネが出世に大きく影響しました。
誰だって我が子が可愛い(あるいは自分の息がかかった手駒を推したい)……となれば、バックアップのない若造が、努力や実力だけで出世競争を勝ち抜くのは至難の業。
こうして早々にドロップアウトした純友は、しばらくこれと言った(記録に残るような大きな)お役目もなく、無聊をかこっていたようです。
そんな暮らしが続いた承平2年(932年)、純友のいとこおじである藤原元名(もとな)が伊予守(現:愛媛県の国司)となり、現地へ赴任する際に純友を誘いました。
「なぁ、海賊退治に力を貸してくれないか?」
「そうだなぁ……このまま都で腐っているより、よっぽどいいな!」
かくして伊予掾(じょう。