平安時代の海賊王!日本を揺るがす大反乱を起こした大海賊・藤原純友の野望 (3/8ページ)

Japaaan

国司のアシスタント的存在)として元名に随行した純友でしたが、赴任先での体験が、その後の人生を大きく変えていくのでした。

ミイラ取りがミイラに?海賊になった純友の元へ……。

「……俺たちが、好きでこんな暮らしをしていると思っているのか」

伊予国へ赴任した純友は、瀬戸内海に跳梁跋扈する海賊たちを次々に追捕しましたが、次第に「なぜ彼らは海賊行為に走るのか」を考えるようになります。

「誰が人を殺して血を流し、役人に追われながら暮らしたいと思うものか」

「まっとうに生きていけるなら、そもそもこんな事はしていない」

「いくら汗水流して働いたところで、お上がすべて奪っちまう。だったら、俺たちが奪ったっていいじゃないか」

口々に出て来る政治への不満……こうした声に影響されたのか、承平5年(935年)になって元名が伊予守の任期を終えて帰京しても、純友は帰りませんでした。

「よぅし野郎ども!今日もいっちょう稼ごうぜ!」

「「「おおぅ……っ!」」」

海賊の頭領として名をはせた藤原純友。Wikipediaより。

海賊退治で得たノウハウを遺憾なく発揮した純友は海賊社会でのし上がり、承平6年(936年)ごろにはひとかどの頭領として知られるようになります。

「生きてここを通りたければ、相応の『誠意』ってモンを見せてもらおうか。」

「この先には『海賊』どもがウヨウヨしているから、俺たちが護衛してやろう。

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