平安時代の海賊王!日本を揺るがす大反乱を起こした大海賊・藤原純友の野望 (5/8ページ)
死んでもともと、成功すれば王か出世か……どう転んでも悪くはないと読んだ純友は「海賊王に、俺はなる!」とばかりに挙兵。
天慶2年(939年)12月、純友は文元と共に、備前の国司・藤原子高を攻略。その勢いで播磨国(現:兵庫県南部)の島田惟幹(しまだの これもと)の館も攻め落とし、大いに気勢を上げたのでした。
朝廷の混乱に乗じて、瀬戸内海の覇者となる「陛下!一大事にございまする!」
純友挙兵の急報がもたらされた頃、関東では平将門が大暴れしており、東西同時の反乱に、朝廷は上を下への大混乱でした。
「どうしよう!?」
……どうすると言っても、東西同時に討伐する兵力の余裕はありませんから、まずは関東の将門を討伐することにして、純友らに招安を呼びかけました。
「そなたを従五位下に叙する」