浅草寺の本尊は飯能市にある岩井観音堂の観音が起源という説について (3/4ページ)
石井は、「伝説」に限らず、仏像が漂着物として発見される根拠として、どこかで仏像が不要になったり、代替わりして信仰が途絶え、といって、焼き払うのは祟りが怖いというので、海や川に流したり、海岸や川沿いの寺が災害などで流されたことを挙げている。それゆえ、岩井堂に祀られていたという金製の観音像であれば、木仏よりも原型をとどめた美しい形で引き揚げられた可能性は大きい。
時を経て、昭和8(1933)年、浅草寺から岩井堂へ、浅草の観音様の分身として1体の観音像が贈られ、盛大な法要が営まれたという。
■最後に…
コロナ禍一色だった2020(令和2)年は、風水害が日本各地に甚大な爪痕を残した年でもあった。そこで失われてしまったものの中には、もしかしたら古くから伝わっていた仏像も含まれていたかもしれない。とても悲しく、やりきれないことではあるが、もしかしたら、100年、200年と時が経った後、ペットボトルゴミに混ざって、どこかの海辺や川辺に打ち上げられるかもしれない。隅田川の漁師・浜成竹成兄弟や郷司・中知のように、仏像を拾い上げ、大切にお祀りする人もいるだろう。そう考えると、災害で全てが崩壊してしまったから、それで「終わり」とは限らない。暗い1年ではあったが、我々の心に、少しの希望が湧いてくる。