東海林のり子 50代はほとんど取材で全国を駆け回っていた (2/2ページ)

アサ芸プラス

東海林 で、その番組にはカメラが1台しかなくて、モニターもカンペもないし、時間配分もわからないんですよ。だから、ADさんがテーブルの下に潜って、私の足をポンポンって蹴って「終わりですよ」って教えてくれるんです。

テリー すごいな。テレビ草創期の話だから、全てが手探りだ。

東海林 だから、すごくおもしろかったですよ。

テリー 「3時のあなた」でリポーターデビューするのはそのあと?

東海林 その番組が終わって、本格的なテレビショッピングを8年ぐらいやってからです。

テリー ということは、もう40代の後半だ。

東海林 そうですね。そこから十何年。だから、50代はほとんど取材で全国を駆け回ってました。

テリー けっこう遅いデビューだったんですね。事件現場の取材って、何時間も待ったり、帰ってきても取材内容をまとめたり、ハードじゃないですか。

東海林 1日の睡眠は2、3時間でしたかね。私ね、「3時のあなた」の時は専属リポーターで、1週間の拘束料をもらってたんですよ。だから、事件が起きると電話がかかってきて、どこでもすぐに駆けつけなきゃいけないんです。

テリー 「今、手が離せないから」って断れないんだ。

東海林 そうそう。

テリー それで、ご主人とお子さんの世話ってできるんですか。

東海林 全然ダメだったと思いますよ。息子には新聞を見せて「ママ、この取材に行ってくる」って、遊んでるわけじゃないことは伝えたりしてましたけどね。だから、休みの日は、みんなでお好み焼きをやったりとかして。でも、子供たちは寂しかったでしょうね。

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