東海林のり子 50代はほとんど取材で全国を駆け回っていた (1/2ページ)

アサ芸プラス

東海林のり子 50代はほとんど取材で全国を駆け回っていた

テリー 東海林さんはリポーターとして活躍する前は、ニッポン放送のアナウンサーでしょ。今は女性アナウンサーが番組のメインを務めるのも珍しくないですけど、当時はどういうポジションだったんですか。

東海林 やっぱり男女差別というか、例えばニュースを読むのは男性と決まっていて、「私も読みたい」と言ったら「女が読むと信憑性がないから」って言われるような時代でしたね。給料も男性のほうがウンとよかったんですよ。まぁ、しょうがないと思ってましたけど。

テリー 36歳で退社したのは、どういう理由だったんですか。

東海林 結婚して、子供ができたんです。子育てをしながら、社員として勤めるのはいろいろ迷惑がかかるかなと。

テリー 今は放送業界も、わりと普通に産休や育休が取れますけどね。

東海林 それもやっぱり、そういう時代だったんですよ。それで、出産後はしばらく仕事してなかったんですけど、フジテレビから情報番組みたいなのを始めますって連絡があって。その時は「情報番組」って言葉もなかったんですけど。

テリー あぁ、そうでしたっけ。

東海林 そうなんですよ。で、結局、その番組は奥様向けの月~金のお昼の生放送で。週に一度、都内の大きな団地から生中継があって、テーブルの上に野菜だとか魚だとか、いろいろな産地の食材を並べて、それを説明しながら私が売ったりしてたんです。

テリー テレビショッピングみたいに?

東海林 そうそう。そのあとで本格的なテレビショッピングが始まるんですけど、その元祖ってフジテレビなんですよ。

テリー あ、そうなんだ。

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