立川志の輔×渡辺正行「座布団におねしょを!?」スペシャル対談 (5/6ページ)

日刊大衆

渡辺 じゃあ、辞めるキッカケは何だったんですか?

立川 4年間いろいろな部署の仕事を一通りやらせてもらったんだけど、あるとき、社長から「そろそろ営業か制作か、どちらかに決めよう」と聞かれたことかな。それだったら、「やはり俺は落語家の道に進むべきじゃないか」という思いが強くなって、何日か悩んだ末、会社を辞めた。社長は、さすがに驚いてたけど(笑)。

渡辺 ずっと頭の中にはあったんですか?

立川 あったんだろうね。毎月給料日になると、落語を聴きに行ってたし。ただ、同時に「落語は聴くものであり、やるものではない」という思いも、落研時代から持っていた。やると楽しかったのはアマチュアの落研だからであって、プロとして毎回、クオリティの高い落語を披露して、お客さんを満足させなきゃいけないなんて相当、難しいこと。そんなふうに、大学卒業後から6年間、否定し続けたんだけど、結局、否定しきれなかったんだよね。それも、まさか談志のところに行くとはなあ(笑)。

渡辺 自分で行ったんじゃないですか(笑)。なんで談志師匠を選んだんですか?

立川 もともと師匠のことは大好きで、よく落語を聴きに行ってたし、落研の同級生が兄弟子として立川一門にいたから、いろんなことを教えてくれたんだよ。「談志はいいよ。下手したら取ってくれるよ」とも言われてね。

渡辺 でも、僕としては、「28歳で落語の世界に入って大丈夫なのかな。ずいぶん思い切ったなあ」というのが正直な気持ちでした。

立川 まあ、今でこそ、いろいろな職業を経験してから30過ぎに入門するのは普通のことだけど、当時はまず、いなかったからね。落語人気も低迷してたし、「28で談志さんのところに入ったのって君? バカじゃないの」なんて言ってくる人もいた。でも、落語家になろうとしたのが28歳だっただけで、あまり気にしてなかったんだよね。

渡辺 生活費は、どうしてたんですか?

立川 一応、サラリーマン時代の蓄えとか退職金とかがあったからね。あと、師匠が最初の頃は、ちゃんとお金をくれたんだよ。一日1000円ずつ。

渡辺 1000円って、それ、ちゃんとじゃないじゃないですか(笑)。

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