大軍を率いるのは一苦労!明智光秀の作った軍法がまるで戦国時代版「おかしの約束」 (4/6ページ)

Japaaan

馬取の分際で」

中には血気に逸って前の部隊よりも先に出ようとゴリ押しして喧嘩に発展した例もあったようですが、仲間同士で争っているようでは、とても敵に勝つことなど叶いません。

こういう時、フィクションだと主人公が抜け駆けして、一時はピンチに陥るも逆転大勝利を収めて罪も許され……なんてパターンもありますが、ほとんどの場合よくて討死、悪ければ味方も巻き込んでの大損害を出すのがオチ。

にもかかわらず若気の至りで夢ばかり見て突っ走る者が多いから、大将らは「つまらんスタンドプレーに走らず、持ち場を守って力を合わせろ」と口を酸っぱくするのです。

また、現代でも5S(整理・整頓・清潔・清掃・躾)などと言われるように、よい仕事にはよい道具とその扱いが不可欠で、槍や鉄砲などの置き場所もきちんと守るように指導しているのは、光秀らしい細やかさなのでしょうか。

明智光秀のお約束「兵士への食糧配給や、家臣たちへのノルマなど」

ちなみに「明智光秀家中軍法」とは後世の命名で、本来の書名は「定 条々(さだむ じょうじょう≒決めごと色々)」とあり、全18条のうち第1~6条までが陣中における規律、第7条は兵士の食糧配給について、第8~18条までは家格=石高に対する軍役(兵士や武具などの調達ノルマ)が示されています。

【兵士の食糧配給基準】
原則として、一度の出陣に対して京マスで三斗を光秀から支給する。
遠征の場合は同じく京マスで二斗五升(2.5斗)を支給し、各領主(光秀の家臣たち)から一日あたり八合(0.8升)を支給する。

京マスとは文字通り京都で作ったマスで、地方によって違うマスの大きさを京都基準に統一することで「明智様に従えば、とりあえずこのくらいは貰えるな」と見積もれたことでしょう。

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