人権?何それおいしいの?平安時代の刑務所が悪い意味でアバウトすぎる! (3/4ページ)
水さえ飲ませてもらえなかった?劣悪すぎる獄舎の環境
さて、先ほどの3名がどのような借金で逮捕されてしまったのかは分かりませんが、獄舎の環境は彼らが体調を崩してしまうほど劣悪だったようで、検非違使別当を務めていた藤原実資(ふじわらの さねすけ)がその改善を命じるほどでした。
彼の日記『小右記(しょうゆうき)』によれば、部下に命じて長徳2年(996年)6月7日に獄舎を視察させた結果、特に体調を崩していた獄囚12名のうち、ただちに6名を釈放させたと言います。
残った6名についても翌日、一条(いちじょう。第66代)天皇の勅許を得た上、食べ物を与えて釈放したと言いますから、よほど衰弱していたのかも知れません。
「いくら罪人(?)とは言っても、水くらい飲ませてやれ!」
放置された涸れ井戸。福利厚生なんて概念は、たぶん存在しなかった(イメージ)。
実は獄舎の井戸が涸れてそのまま放置(※)されており、獄囚たちは水さえ飲めなかったと言いますから、拘留が長引けば死んでしまう者も少なくなかったことでしょう。
(※)きっと予算が下りず、また自腹orボランティアで獄囚の待遇改善を図る奇特な者はいなかったようです。
「渇きて死ぬる囚衆は実(まこと)に哀(あわ)れに憐(あわ)れなるべし」
※藤原実資『小右記』長徳2年(996年)6月13日付の日記より。