人権?何それおいしいの?平安時代の刑務所が悪い意味でアバウトすぎる! (1/4ページ)

Japaaan

人権?何それおいしいの?平安時代の刑務所が悪い意味でアバウトすぎる!

悪いことをすると刑務所に入れられてしまうのは誰でも知っていますが、逮捕されたらいきなり収監される訳ではなく、被疑者を取り調べるために身柄を留めておく留置場や、裁判が始まったら判決が出るまで収容する拘置所などがあります。

流れとしては逮捕⇒留置場(取り調べ)⇒拘置所(裁判)⇒刑務所(服役)となりますが、中世の日本だと、検非違使(けびいし)に捕らわれた被疑者はそのまま獄舎(ごくしゃ。ひとや)へ投じられ、取り調べから判決(判決次第では服役)まで過ごしたそうです。

洛中を警備する検非違使たち。罪人の取り締まりだけでなく、裁判や囚人の管理など手広く管轄していた。

司法システムが未発達だったのか、それとも人権なんて存在しない時代ゆえ被疑者の取り扱いが雑だったのか、多分その両方なのでしょうが、中世日本の獄舎は悪い意味でアバウトでした。

今回は、平安時代の獄舎がどんな感じでアバウトだったのか、そこの辺りを紹介したいと思います。

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現代人の感覚だと、刑務所と言えば「悪人を懲らしめる」ために収容する施設ですが、中世の貴族たちは「気に入らない≒不都合な者を私的に制裁する」ために獄舎を利用することがありました。

例えば、こんな文書が残っています。

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