まさに蘭学の化け物!江戸時代、前野良沢が『解体新書』に名前を載せなかった理由とは (4/6ページ)
その対象を見れば、言葉もおのずと理解できるようになる」
かくして約3年半の歳月を経て、ついに『ターヘル・アナトミア』の翻訳が完了。これをまとめ直したものこそ、現代でも名高い『解体新書(かいたいしんしょ)』です。しかし、その中に良沢の名前は載っていません。なぜでしょうか。
『解体新書』に我が名を載せるな!譲れなかった良沢のこだわり「……これを世に出すのは、まだ早い!」
せっかく出来上がった『解体新書』の出版を、良沢は大反対したのです。
「まだ翻訳が不十分だ。もしその部分が原因で医療ミスが起きたら、お主らはどう責任をとるんだ!」
「確かにそういう部分もある。しかし、世に出せば確実に人々を救える部分も少なからずあるのだ!」
「左様。むしろ、不十分な箇所も含めて世に出すことで、より優れた医学者が改良してくれる可能性だってあるじゃないか!」
「あるいは、自信のないところは保留として世に出さず、自信のある部分だけ抜き出したらどうか?」
「いや、このように不十分なものを世に出してしまっては、末代までの恥となる。どうしても出すと言うなら、拙者の名は載せないでいただきたい!」
……そんなバカな、今まで一緒に苦楽を共にしてきた仲間じゃないか……玄白たちの説得も虚しく、安永3年(1774年)に出版された『解体新書』に前野良沢の名が連なることはありませんでした。