【浮世絵で見る】まもなく桜が開花!江戸時代から今も変わらないお花見スポットはどうやってできた? (3/4ページ)
道灌の江戸城入城後は将軍の鷹狩休息所として使用されたほか、万治4年(1661)から数年に亘って奈良 吉野の桜が移植されたことで名所となったが、元禄15年(1702)の火災で城が焼失。
その後、焼けてしまったこの地に吉宗が復興のために約600本の桜を植えて整備。城は再建されなかったため、庶民に向けて開放したのだ。
当時は眼下に品川湊が広がる高台であったが、幕末に台場建設用土砂の採取場となったことで山そのものが削られたため、現在とは風景がかなり異なる。桜が咲き誇る海を臨む高台は、さぞ風光明媚な場所だったに違いない。
かなり厳しく取り締まられていた江戸随一の桜の名所 上野公園
『東都名所 東都八勝 上野晩鐘』春艸(国立国会図書館デジタルコレクション)
最後に紹介するのは都内随一の桜の名所である上野公園。その歴史は飛鳥山と御殿山よりも古く、3代将軍徳川家光の時代まで遡る。