いまだ真相は藪の中。歴史的に有名となった10の不気味な失踪事件 (7/8ページ)

カラパイア

およそ115のイギリス人植民者たちが、現在のノースカロライナ州東端に位置するデア郡の島に上陸した。

 もともとそこに住んでいた部族との間に緊張が高まり、当時、まとめ役だったジョン・ホワイトが船でイングランドへ渡って、物資と支援を求めた。3年後にホワイトは戻って来たとき、町には誰もいなくなっていた。まったくの荒野になっていて、住人は全員消えていたのだ。

 唯一残されていた手がかりは、クルトンという言葉が刻まれた木の柱だったが、全員が先住民に殺されたのか、彼らに吸収・同化されたのかはわからない。

 学者は、スペイン軍が植民地全体を一掃したのではないかと考えたが、歴史家は、具体的な証拠がないので、この植民地になにが起こったのか、推測することしかできないとしている。


How Did A Whole Village Disappear? (The Lost Colony of Roanoke Mystery)

・1. ハワイで5人の釣り人が失踪、サラ・ジョー号事件

 海の悲劇は珍しいことではないが、ハワイの海域で釣りを楽しんでいた5人が戻らなかった事件は奇妙だ。

 1979年2月、5人はマウイ島の海岸から、サラ・ジョー号という小さなボートで出発し、二度と戻ってこなかった。家族や友人、警察が大規模な捜索を行ったが無駄だった。

 10年後、3600キロも離れたマーシャル諸島の海岸でサラ・ジョー号の目撃情報があった。海岸に打ち上げられた難破船の隣に5人のうちのひとりの墓ががあった。

 どうやって船はそこにたどり着いたのか、誰か彼を埋葬したのか、残りの4人はどうなったのか、いまだに専門家たちを悩ませている。

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