2022年大河ドラマ「鎌倉殿の13人」注目の一人!二階堂行政が魅せた影の実力者ぶり (5/6ページ)
源頼家。一説には頼朝公譲りの英雄気質が、新時代にそぐわなかったとも。Wikipediaより。
(※)頼家の裁可があまりに出鱈目だったとも、頼家の舅であった有力御家人・比企能員(ひき よしかず)の台頭を阻止する北条一族の差し金など、理由には諸説あるようです。
その中に民部大夫行政の名もあり、幕府のブレーンとして揺るぎない地位を誇りましたが、建仁3年(1203年)に頼家が伊豆国(現:静岡県伊豆半島)へ追放され、弟の源実朝(さねとも)が第3代将軍に就任すると、政所下文(くだしぶみ。命令書)の署名から姿を消しました。
この時すでに69歳(保延元・1135年生まれとして)、当時としてはかなりの高齢で、息子たちも立派に成長していたこともあり、そろそろ潮時と思っていたのでしょう。
没年は不明で、その最期についても記録がないため、影のうs……もとい謎の人物感を高めていますが、鎌倉幕府の草創期から2代将軍を見送るまでの約20年間、その屋台骨を支え続けた人生は、まさに「薄からぬ影の実力者」であったと言えます。